~朝日新聞「GLOBE(グローブ)」より~
8月下旬のある日、記者は北海道の倶知安町(くっちゃんちょう)に足を運んだ。
札幌から車で3時間ほど。トウモロコシ畑やジャガイモ畑を走り抜け、「蝦夷(えぞ)富士」の別名がある羊蹄山(ようていざん)とニセコアンヌプリ山に挟まれたあたりに、探していた森が広がっていた。
この森のことが取り上げられたのは6月の北海道議会だった。
「所在地が海外となっている企業が、後志(しりべし)管内において57ヘクタールの森林を取得したことを確認しております」
道幹部は、そう答弁した。海外の資本による森林買収の事実が公の場で明らかになるのは全国的にも珍しい。
「日本各地の山林が、海外の資本に狙われている」「水資源をおさえるつもりではないか」……。
ここ数年、そんな「うわさ」が各地の森林関係者らの間でささやかれてきた。「外国人が山を物色にきた」といったたぐいの話もあちこちにある。関連のシンポジウムが開かれたり、専門家が本を書いたりと関心事になっている。ただ、専門家や報道機関が調べても、証拠はつかめていなかった。その一端が、北海道議会で明らかになったわけだ。
道庁の答弁を引き出した道議は、故・中川昭一(当時、財務・金融相)の依頼をきっかけに、この問題にかかわるようになった。中川は「国土が外国人に脅かされているのでは」という危機感をもっていた。
答弁を引き出すまでに1年以上もかかったのは、土地をめぐる法律や制度の問題がいくつもあったからだ。
外国人や外国法人による土地所有を制限している国も多いなか、日本には規制がない。海外資本を国内資本と区別する制度もない。また、大規模な土地売買などは国土利用計画法に基づく届け出が必要だが、この情報が、同じ役所の中でも森林保全の部署と共有されていない。個人情報の保護が厳格になっている現状もある。
道側は議会答弁でも、どこの外国人が何のために倶知安町の森を買ったのかについて詳しい説明ができなかった。
森は水資源を守り、災害防止や生物多様性の保全など多彩な機能をもつ。それが国土の7割を占めるのに、だれが、何の目的で買い、どう利用しているのかを把握することができていないとは──。
記者は何度も倶知安町に足を運んだ。不動産登記をもとに森の所在を絞り込み、かつての所有者らを訪ねて回るうち、ある男性の話を聴くことができた。父親から相続した森の一部を2年前に手放したという。札幌の不動産会社に「外国の企業が山を買いたがっているので売ってほしい」と持ちかけられたからだ。
「植林や間伐といった維持管理費と固定資産税の負担が重く、木材価格が下がり続けるなかで将来性を見いだせなかった」。だから森を手放した、という。
男性から森を買った1カ月半後、札幌の不動産会社は香港・九龍に拠点を置く企業に転売していた。
朝日新聞香港支局のスタッフが本社の所在地を訪ねると、そこは風光明媚(ふうこうめいび)なビーチに面した高級別荘地だった。高い塀が敷地を囲み、部外者は無断で立ち入ることができない。ゲートにいた管理人は質問にいっさい答えなかった。
香港での登記によれば、この会社のオーナーは男女2人で、ほかにも11社を所有しているようだ。11社の登記関連の書類は膨大で、積み上げると20センチほどにもなる。もし、彼らが倶知安町の森を海外で転売したら、売買を追跡するのはやっかいな作業になるだろう。
一方、北海道では新たな事実が浮かび上がっていた。倶知安町の森のほかにも、道内のあちこちで海外資本が土地を買収していたのだ。
買い手として、ニュージーランドやイギリス、シンガポールなど複数の国がある。個人で山を一つ買った例もあれば、自衛隊の基地近くの土地を含む森林を買った企業もある。
また行政側は、森林を持つ約800社と連絡が取れていないという。この中に外資がどれだけあるかはわからないが、満足な情報がないので気持ちがざわつく。北海道議会が政府に出した意見書には、次のように書かれている。
「我が国における現行の土地制度については、近年急速に進行している世界規模での国土や水資源の争奪に対して無力であると言わざるを得ない」(梶原みずほ)
(文中敬称略)
http://globe.asahi.com/feature/100906/01_1.html
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